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札幌高等裁判所 昭和42年(ツ)7号 判決 1968年3月05日

上告人

佐藤三太郎

右訴訟代理人

熊谷正治

被上告人

成田直次郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人熊谷正治の上告理由第一点について

相続人が、被相続人の占有の態様からみて相続に因て所有権を取得したものと考え、爾後所有の意思をもつて現実に占有を始めたときは、被相続人が他主占有をしていた場合でも、右相続人は固有の自主占有をもつことになるものと解するを相当とする。

原判決の確定した事実によると、「本件係争土地はもと訴外田岸留太郎所有にかかる北海道久遠郡大成村字長幾三四四番の土地の一部であつたところ、大正七年一一月一三日頃被上告人先代直吉、訴外亡猪股長作外一名が、本件係争土地を含む近隣一帯の土地を右の順で海岸にそつて北から南へほぼ三分して買受けた際三四四番地の土地から分筆されて長作名義に所有権移転登記がなされたものであるが、係争土地は直吉所有家屋のほぼ正面海岸寄りにある長方形の土地で、その一方は海岸国有地に接し、三方は直吉の買受けた三四四番、三四三番など直吉所有地に囲まれた形になつており、直吉方から海へ出るには係争土地を通らなければまわり道をすることになるのに反し、長作所有の土地から係争土地に至るには直吉方の土地を通らなければならないいわゆるとび地であること、直吉は、右売買以前から係争土地を含む附近の土地を賃借して船揚場および海産物干場として使用し、前記売買により係争土地附近の土地を買受けた後も同様の目的で大正一三年九月一二日死亡するまでその使用を継続し、直吉の死亡後は被上告人が係争土地を前同様の目的で使用し、所有の意思をもつて平穏且つ公然に占有した。」というのであるから、原審が、係争土地買受けの経過からみて、直吉が当初から係争土地を所有の意思をもつて占有していたとは認められないが、右売買が行われてから相当の年月を経た後に直吉を相続した被上告人は、前記認定のような係争土地の位置、使用状況からみて自己の所有地と信じて占有を始めたものであり、被上告人が所有を開如した大正一三年九月一二日から起算した二〇年の経過により取得時効が完成し、本件係争土地は被上告人の所有に帰したと判断したのは正当というべきである。また、原審が被上告人は本件係争土地の租税を納付したことがなかつたとの事実を認定していることは所論のとおりであるが、納税の有無は所有の意思を推認する一事実にはなり得るが必ずしも決定的なものではないから、本件係争土地は海浜に続く土地の一部を細く分筆したもので隣接土地との境界が形状上明らかでなく、長作の相続人である猪股庄太郎は係争土地の位置に自己所有名義の土地が存在することを知らず、被上告人方猪股方双方とも係争土地の周囲に数筆の土地を所有し、これらに対する租税を一括納付していたものであり、したがつて特にそのうちに係争土地の租税を納付していることあるいは納付していないことを意識していないとしても特に異とするに当らないことなどの事実を認定したうえ、被上告人が係争土地に対する租税を納付していなかつたとの一事により所有の意思をもつてする占有でないとはなし難いとした原審の判断は正当としてこれを是認することができ、右原審の判断は、上告人の援用する判決とむじゆんていしよくするものではない。原判決には所論のような法律の解釈を誤つた違法はないから論旨は理由がない。

同第二点について

不動産の取得時効が完成しても、その登記がなければ原則としてその後に所有権取得登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗し得ないが、右第三者が時効取得者の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しないいわゆる背信的悪意者と認められる場合には、時効取得者は登記なくして右第三者に時効取得をもつて対抗し得るものと解すべきである。

原判決の判示によれば、本件係争土地は被上告人にとつてはその漁業経営上極めて必要度の高い重要な土地であつたので、昭和三四年九月頃登記簿上本件係争土地の所有名義人が猪股長作になつていることが判明後、被上告人は再三長作の相続人庄太郎に話合いを試みたが、庄太郎はこれを拒み続けたため紛争が深刻化し、庄太郎の被上告人長男に対する傷害事件まで派生するに至つたので、被上告人は昭和三八年九月三一日庄太郎に時効援用を通告したところ、その直後である同年一〇月三日庄太郎から上告人への売買契約による所有権移転登記がなされたものであつて、上告人は長作の二男で長作死亡後庄太郎を養育し、本件係争土地に関する紛争にも当初から関与してその経過、内容を熟知しており、上告人が従来本件係争土地を使用したことはもちろん将来使用する必要性はまつたくなく、庄太郎から上告人への売買契約についてもその代金の定めはあいまいである、というのであつて、原審の確定した右の事実関係のもとにおいては、上告人が被上告人の登記欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者にあたらないとした原判決の判断は正当である。論旨に掲げる最高裁判所判決は本件に適切な先例ではなく、論旨は採用できない。

同第三点について

原判決の確定した事実は「被上告人はその被相続人直吉の死亡した大正一三年九月一二日以降引き続き本件係争土地を所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有した。」というのであつて、右事実は原判決の挙示する諸証拠によつて十分にこれを認めることができる。原判決が昭和二〇年九月一一日の経過をもつて取得時効期間が満了した旨判示していることは所論のとおりであるが、右は上記原判決の認定した起算日からみて昭和一九年九月一一日の明白な誤記に過ぎないものと認められる。また土地の時効取得を認定するのは所有者が行方不明であるとか第三者が公課を代納している場合に限るとの経験則が存在するとは未だ認められない。所論は畢竟原審の適法になした事実の認定ないし証拠の価値判断を非難するに帰し、原判決には所論のような理由そご、経験則違反の違法はないから論旨は採用しえない。

よつて本件上告は理由がないから民事訴訟法第四〇一条によりこれを棄却することとし、上告費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(加納駿平 杉山 孝 島田礼介)

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